2013年03月31日

夜勤の時間

今まで務めていた施設では、夜勤は16:30から翌朝の9:30までの17時間拘束の2時間休憩、15時間勤務でした。
つまり、利用者様の夕食から、翌朝の朝食まで携わることになります。途中に2時間の仮眠時間があります。

今度の施設の夜勤は、夜22時から翌朝7時まで。途中1時間の休憩で、8時間勤務。
つまり、利用者様が寝ている状態で引き継ぎ、翌朝起こすまでの担当になります。

今までは、夜勤の翌朝、つまり「明け」の日も勤務した日ということになり、翌日は公休。
今度は、「明け」は公休と同じ扱いになります。

今までの施設では、夜勤明け休みが楽しみでしたが、今度はそれがない。最初は戸惑ったけど、よくよく考えてみると.....。

夜勤の日は、夜の22時までフリー。普通に起きて朝活動でき、夕方15時頃から仮眠をとって、夕ご飯を食べたあとに出勤できるので、日中に行動できます。病院や銀行に行ったり、子どもの行事にも参加できるでしょう。今までは、夜勤の日は、とにかく朝から寝れるだけ寝ておく、、、14時には起きて支度しないと間に合わないというスタイルでしたから、夜勤入りの日は何もできなかったけど、今度の8時間夜勤なら、入りの日の日中を活用できるから、結構いいかもしれない。身体も楽だしね。

それになにより、人員が日中に充実できるのが利点。明け休みがないので、その分日中出勤できる職員が多くなります。シフト作りが楽になるだろうし、まるまるの休日もそのぶん取りやすくなるはず。

夜勤で辛いのはやっぱり朝方。特に、朝の食事介助は眠くなりがちで、注意力もどうしても散漫になりがち。
そういう意味では、8時間夜勤なら、身体にも優しいし、集中力も持続しやすいかも。短い勤務で夜勤手当も出るしね。

そういえば、夜勤ご飯も必要なくなるわけです。夕ご飯食べてから出勤するし、朝ご飯は帰宅してから食べればいいし。夜中にお腹がぐーぐーならないように、ちょっとしたおやつ、カロリーメイトみたいなのを常備しておけば充分だなー。夜勤前に夜勤ご飯の準備するのも、結構時間がかかっていたので、だいぶ楽になるでしょう。コンビニでつい買いすぎ、、、というのも、防げそう^^

現実、今までの夜勤明けは、9時半にすぐ帰れるのはまれで、11時くらいになることもザラ。さっさと帰ればいいのに、眠い中でいつもできなかった記録業務なんかをやりだすから、、、眠気で効率悪いのに、、、、。今度はそういうことのないようにしよう。雑務は少し早く来てやるほうが、断然効率いいんだから。

4月からのシフトにはもう、夜勤が入っています。ちょっとドキドキだけど、まだ利用者様の人数が少ないから、丁寧にケアさせていただこうと思います。巡視・トイレ介助・身支度のお手伝い、ダブルチェック、トリプルチェック。安眠を保ち、安全に。マメに丁寧に、心をこめて。
posted by きょん at 12:52| 東京 🌁| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月26日

拘束ゼロ!

拘束というのは、もちろん、避けるべきことで、どの施設でもできるだけ行わないようにしています。
でも、以前務めていた施設では、胃婁を抜去して血だらけ、、、なんてことをしてしまう利用者様に限っては、拘束用ミトンを使用したり、車椅子からずり落ちてしまう方にはY字ベルト装着したりしていました。

もちろん、家族の了承を得て、相談員・施設長の許可をもらった上でのことです。利用者様の身の安全のためには、仕方ないのかなと思って、以前は私も納得していました。

でも、今度の施設の理念は、拘束は一切しないというものでした。理念で拘束ゼロを目指すではなく、拘束はしない!という確固たる理念であり、それを母体である地方にある特養で実際に実践しているというのです。それどころか、スピーチロックについても、非常に厳しく取り締まっていました。スピーチロックというのは、たとえば、
「立たないでね」
「座っててくださいね」
「だめですよー」
「やめてください」
「じっとしてて」
といった声かけのことです。言葉で利用者様を拘束することです。以前の施設では、いいことだとは思っていなかったけど、普通に聞かれる声かけでした。それも、利用者様の安全のためには、仕方ないことなのかな、現実と理想とは違うしなぁ...と思っていました。実際私も「ここにいてね」等の声かけはしていました。

でも、今度の施設では明確に、拘束はもちろん、スピーチロックも禁止しています。

夜間帯、一人でいるときに、誰かが急変してしまい、他の見守りが必要な方の対応ができなくなってしまったとします。そういうとき「ここで待っていてね」と座っていただき、立ち上がれないように、椅子の後ろに可動式の机を置いたとします。利用者様が立ち上がろうと椅子を引けば、音がするし、時間が稼げるはず。しかも、緊急事態の一時的なもの。でもそれも、実際に厳重注意の対象になったということでした。

今度の施設は、拘束しないということに、とてもこだわりをもって介護をする理念の施設で、母体の特養ではもう10年ほど、それを貫いているということでした。

そうだよね、それが質の高い介護というものだよね!
病院じゃないんだもの。特養なんだもの。

でも、胃婁のチューブを抜去してしまう利用者様には、どう対処するのだろう?大出血のリスクは避けられないし、もちろん拘束服はおろか、ロンパース等も使わないのだし、、、。見守りを強化する?それも限度があることだし。、、、行動を制限しないというのなら、どうやって事故や自傷行為を防ぐのだろう?

そのノウハウについては、いろいろ方法があるようです。利用者様との対話で解決するのが理想だけど、実際はそうは簡単にはいかないことだし、命にもかかわります。でも、実際に拘束しない方法で、利用者様の安全を確保しているのだからすごい。ケースバイケースということで、実例はあげられなかったけど、とにかく拘束はしないんだって!

そういう利用者様が来所されたら、どう対処するのか。
今から楽しみです。

ああ、転職してよかった〜!
なんだか今までのもやもやが吹き飛んだ気分。
研修続きの毎日だけど、明日もがんばるぞー。
posted by きょん at 20:41| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ステップアップ

1年8ヶ月勤務した職場を、この3月に退職しました。
そして、また新たな職場、今度はユニット式特別養護老人ホームに再就職しました。

紆余曲折あり、悩んだりもしましたが、転職を決めてからの私の行動は早かった。
転職活動を通じて、新たに介護の世界の常識みたいなものも知ることができました。

給与面にしても、今まで務めていた勤務先はとても安かったのだけど、今度の職場ではかなりアップします。
これは、基本給が今までより高いところに就職したせいもあるけど、1年8ヶ月の介護経験が加味されたのも理由の一つです。介護の世界では、資格もそうだけれど、経験というのも重視されるからだと思います。

一つ前のエントリーにも書いたように、私はもっと介護のことを学ぶべきだし、自分から行動すべきだと思っていました。介護福祉士の資格を取るまではこの職場にいようと思っていたけれど、今までよりよい条件で、またちょっと勝手が違うユニット式特養に正社員で入れるのなら、新たな職場で介護福祉士を目指してもいいじゃないかと思ったのです。

新しい職場を選んだ理由の一つは、この施設が4月から開所される施設で、オープニングメンバーとして採用していただけたからです。それこそ、排泄道具の選定から、棚に何をしまうかまで、仲間と一緒につくりあげていくのです。大変だけど、すごく貴重な経験ができると思いました。又、利用者さんが4月になってから、少しずつ入所されていくので、満所になるまでの三ヶ月間は研修も充実、丁寧な接遇ができる、そういう経験ができると思ったからです。

昨日から勤務がスタートしました。職員は正社員だけで70名。140名の入所者様、20名のショートステイ利用者様を介護するわけですが、4月1日にいらっしゃるのは、入所者様2名だけ。そこから毎日二人ずつくらい増えていきます。

私はショートスティ担当になりました。利用者様がいらっしゃるのは、まだ10日以上先になりますので、今は施設内の設備を見学したり、研修を受けたりしています。介護についての実践的なセミナーを、みんな一緒に勉強できるというのは、非常に貴重な経験です。利用者様へ質の高い介護を提供したいという気持ちが、スタッフも上司もすごく強いのです。日々の介護に追われるのは、まだ少し先なので、今は理想を高く掲げ、最高の介護とはどんなものか、どうやれば目指せるのか、作戦会議が充分にできる贅沢な時間です。

頼れるフロアリーダー、若手のユニットリーダー、上司は男性社員が多いのですが、とにかく皆誇りを持って介護に取り組む方たちです。スタッフも若い人が多く、資格取得についても積極的で、勉強熱心なひとが多く驚きました(これが普通なのかもしれないですが)。今度は私も「いい子ちゃんぶってる」とは言われないでしょう(笑)いや、逆に、もっともっと理想論を実践していかなくてはいけないわけで、大変だとは思いますが、とてもやる気になります。

スタッフ間の雰囲気もよく、先日行われた施設全体での祝賀会に続き、今週もユニット全員集まっての親睦会が行われます。利用者様がいらっしゃれば、全員揃うことはないので、これもなかなか得がたい経験です。

今までと勝手が違うことも多いけど、一から勉強し直すつもりでがんばります!
新人ではあるけど、経験者として入るので、タイトルからも「新人」の文字を取りました。
それに負けないよう、4月から入社してくる新卒者やパートさん方に恥ずかしくない介護を目指して行きたいと思います。

しばらくは、日勤が続きます。利用者様がいないので、研修研修の毎日です。だから通勤距離は伸びたけど、身体はかなり楽です。

ああ、でも早く、利用者様入ってこないかな。早く会いたいなぁ。4月が待ち遠しい桜満開の門出の3月です。
しばらくは、この貴重な経験を、まめに記録していこうと思います。
posted by きょん at 06:47| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月10日

恥を知る

介護の仕事について、一年半。
いいかげん、わかっていなくちゃいけないことが、まだまだわかっていない。
私が、自分で学ぼうとしなければ、知らないままで業務を続けてしまえるという世界なのだ。
学ぼうという積極的な姿勢に出なければ、だめなんだ。

たとえば、私は主婦業を20年以上やっているけれども、主婦の仕事を極めているとはいえない。
適当に、四角い部屋を丸く掃いたりしても、とりあえず生活はできる。
主婦の仕事なんて、やろうと思えばいくらでもあるし、手を抜こうと思えば際限がない。
手を抜けば、家族に跳ね返っていく。でもまぁそれは、自分と家族の問題で済む。

自営業も長く続けてきた。適当にやれば、クライアントに迷惑がかかり、二度と仕事はふってもらえない。
でも、それも、自分の身に降りかかることだ。

でも、介護というのは、いい加減なことをすれば、利用者さんの命に関わる。
そこまで深刻なことじゃなくても、私がきちんとやらなければ、スタッフの誰かがフォローするわけで、仲間に迷惑がかかる。
わざとじゃなくても、一生懸命やったとしても、結果できていなければ、即、誰かに迷惑がかかってしまう仕事なのだ。そこが、主婦業とか、以前やっていた自営業とは違う所。

「三年勤めたら、介福の資格受験できるから、そこまでがんばろう」

そう思って続けてきたけれど、本当は資格なんて関係なくて、介護の事細かなことをできるかできないか。
勉強して知識を身につけているかどうか。資格は後からついてくるものなんだ。

そして、長年一匹狼で仕事してきたせいで、一番私が苦手なこと。
後輩にきちんと指導すること。
先輩に、いろんなことを相談し、質問し、教えてもらうこと。

イイコちゃんぶってる場合じゃないなぁと思った。
言い難いことを、言わないでごまかしてたら、だめなんだ。そうしたら、言いづらいことを、誰かが言わなくちゃいけなくなる。

利用者さんの命を守ること、スタッフへの負担をできる限り軽減すること。
自分のできることを、精一杯がんばること。
言われたことをやるだけじゃなくて、自分から動かなきゃ。
やったほうがいいと思うことは、自発的に(相談しつつも)、やらなくちゃ。

この施設はちゃんと教えてくれないなぁとか、生意気なことを言ってた自分を恥じてる。

業務をこなすことは、適当なら誰でもできる。
でも、介護の仕事って、そんなもんじゃないんだ。
きっちり仕事するってことは、際限がないんだ。

ここのところ、業務でいろんなことがあり、いろんな経験をして、恥もかいた。
奥が深いなぁと、しみじみ思っている。

なんか、具体的じゃないけど。うまく書けないけど。
posted by きょん at 18:36| 東京 ☀| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月09日

美魔女なおばあちゃん

 背筋がスラっと伸びて、美しい顔立ち。口元には常に微笑み。元々は社会的にも地位のある優秀なキャリアウーマンだった方。今流行の年齢不詳の美魔女のよう。センスのいいスポーティないでたちのHさんは、重度の認知症。お風呂に入って身体を拭いて、洋服に着替えたと思ったら、そのまま浴槽に逆戻り。ドボンと浸かってしまう。他の利用者さんの車椅子を押して、一緒に徘徊してまわる。でも、一見、おばあちゃんには見えないから、家族の方かと思ってしまう。施設では笑い話で済むが、家族と暮らすのは本当に大変だろう。排泄コントロールができないこと以外は身体に不自由なところがない。でも、脳には重度の異変が起きている。だからしゃべることができない。でも、笑顔には笑顔で返すし、普通の50代くらいの女性にしかみえない。見た目ではわからないのが、認知症の怖い所。

 ゴミ屋敷に住んでいて保護された70代のおばあちゃん。実は目が見えなくなっていて、身の回りの片付けができなくなってしまっていた。息子夫婦と疎遠だったため、近所の人が通報し、保護され、緊急入所してきた。入所してみれば、とても気のいい方だし、常識的。目が見えなくなってしまい、足腰も弱って、社会的には一人で暮らせなくなっていたけど、施設では何も問題がない方。認知症もほとんどなく、どうしてゴミ屋敷になるまでSOSが出せなかったのか不思議なくらいだ。

 友達のFBのタイムラインに、悪臭のするお年寄りがコンビニで立ち読みし長居して迷惑だという話が載っていた。想像するに、書籍が読めるならそれほどひどい認知症ではないはず。ただ、鼻がきかなくなっていて(お年寄りは嗅覚も聴覚も視覚も衰えるのが普通)、しかも下半身の感覚がにぶくなり、不衛生による気持ち悪さや自分の悪臭に気が付かないだけだろう(失禁しても自分で気が付かないお年寄りは多い)。保護して、お風呂に入れたりする介護サービスを受ければ、まだまだ自宅で自活できる方かもしれない。さもなくば、家族からネグレクトされている方かもしれない。だったらなおさら、助ける手が必要だ。

 一人暮らしのお年寄りが増えている。家族と疎遠ではなくても、会うのは半年に一度くらいかもしれない。その間に低栄養等が原因で認知症を発症すれば、家族も気が付かない可能性がある。電話では普通に会話できるかもしれないから。

 身の回りにちょっとおかしいなと思う一人暮らしの老人がいたら、その地区の地域包括センターに連絡するといい。福祉事務所でもいい。気がついた人が手を差し伸べてあげるべきだ。

 実際そういう人に直面したら、私も距離を置いてしまうかもしれない。でも、せっかく救済するシステムのある国に住んでいるんだから、気がついたら電話一本かけてあげるくらい、するべきなんだと改めて思った。

 だって、本当は普通のお年寄りなのかもしれないのだから。少しだけ介護の手が入れば、普通に暮らせる人なのかもしれないから。
posted by きょん at 01:31| 東京 ☀| Comment(0) | 利用者さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月24日

介護記録について その1

私達の大事な仕事のひとつに、介護記録をつける作業があります。
24時間、利用者さんを預かる施設ですから、当然勤務者は入れ替わるシフト制。申し送りは重要です。
ただ、食事量から体調からすべて言葉で申し送っていたら、実務に響いてしまいます。申し送りは5分以内で完結に行えることが理想なのです。

なので、ほとんどの施設では、介護システムを利用して、記録をパソコンに入力し、勤務者は業務に入る前にそれを読んでおきます。そうすることで、申し送りの時間を短縮でき、漏れを防ぐことができるのです。

とはいえ、長く最新のIT環境に慣れしたしんできた私には、このシステムはあまりにもお粗末に感じました。それ以前に、パソコン端末が、各フロアのスタッフルームに一台ずつしかないのも、呆れるばかり。皆で共同で使うのですが、ちょっと記録を確認したいと思っても、誰かが使っていればできないという有様。パソコンが空くのを待って残業、、、なんてこともザラなのです。

それはともかく、介護システムのソフトの使いにくさにも閉口します。私たちは看護師も介護士も記録をみんなで入力しますから、情報の引き出しやすさが一番重要な点です。24時間以内に変更点のあった部分のリストなんて、パソコンでは難しいことではないはずなのに、それができない。項目にないものは、すべて「様子」という項目に入れるしかないため、後から情報を引き出しにくい。kot-4(便秘4日目)以上じゃないと、システムに載せないため、下痢の情報は紙ベースじゃないと出てこない。しかもそれは「様子」という大きな項目に他といっしょくたになっているため、排便のペースをみようと思ったら、すべてを読み返さなくてはならないという、ありえない状況。せめてキーワードで検索できればいいのに。できないのが不思議なくらい。

先日も、ずっと下痢の続く利用者さんの臀部皮むけの対応が、遅れたことがあった。もちろん、薬等の処置は介護から報告しすぐ行ったのだが、根本的な原因は経験栄養を違う銘柄にしたために起こった下痢だったのだ。看護側の記録が、介護側に読み取り辛い記録のせいもあるのではないかと思う。

あと、IMEの学習能力の問題なので、ソフトの問題ではないかもしれないけど、介護用語、看護用語がぜんぜん出てこないのも問題だ。介護支援ソフトには、こういった用語がたくさん登録されている文字入力システムも同時に導入すべきではないだろうか。

もう一つ、大きな問題がある。介護職員は、パソコン操作に慣れてない人が非常に多いということ。今時の若い人が、ここまで使えない?と驚くくらいだ。事務系の仕事が苦手で入職する人が多いのだろうか。ネットに介護職の発言が少ないのもそのせいなんだろうか。入力が遅くても打てればいいのだけど、パソコンの基本操作ができてない人も多い。個人差はあることだけど、少なくともパソコン導入台数をもう少し増やすなりする努力は施設として必要じゃないかなぁとも思う。

あと、介護記録のソフトは、大元が看護記録のソフトをベースにしたものが多く、介護独自の項目について、手落ちがある。介護と看護は違うもの。看るところも、対応も違うのだ。介護は生活の場で、状態とは体調のことだけでなく、どう過ごされたか、どんな気分でいらっしゃるかも重要なのだ。そういったことを充分書くスペースがないのも問題(文字数制限がある)。

つらつらと不満を書いてしまったが、また思いついたら付け足していこうと思う。
posted by きょん at 07:59| 東京 ☀| Comment(0) | これってどうなの? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月05日

坐骨神経痛

介護のこととはちょっと離れますが、介護士につきものといえば、腰痛。
私も例外にあらず。残念ながら。

この仕事を始めてから一年二ヶ月とちょっとですが、始めてすぐは全身筋肉痛に悩みました。前職がデスクワークだったのもあり。運動不足だったんですね。

それがとれた三ヶ月後くらいに、淡い腰の痛みが。
気をつけて介護し、腰痛体操なんかもやってみたりしたけど、腰の違和感はとれず。
ベットを高くして介護したり、姿勢を工夫したり、腰をかばう努力はしたんですけれども。だめね。どうしても、中腰姿勢になるし、力を使わないようにといっても、最後は力なんです。
半年目には腰痛ベルト買いました(笑)

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身体介護中はできるだけこれを装着してました。少し楽ですよ。でも暑いし、お腹の肉がはみ出て美しくないのが難点です(^^;

これで乗り切っていたのですが、一年目にはちょっと違う痛みが出てきました。どこ?と聞かれると「腰のあたり」としか言い様がないのですが、腰からズキンと太もものあたりにぴりっとした痛みが走るんです。それが、寝ている時だったり、立ち上がる時だったり、様々。不思議と介護中には起きませんでした。緊張して背筋が伸びているときは平気なんです。

そして、一年一ヶ月を過ぎた先月頃、夜中に寝返りを打つのに冷や汗が出るほどの痛みが走りました。朝になっても消えず、前かがみになるのが痛い。前屈が無理!不安になりましたが、会社につく頃には治り、普通に仕事もできるので、そのままシップ(主にモーラステープ)でしのぎました。

それでも不安なので、職場の腰痛検診で痛みを訴え看てもらったり、接骨院に行ったりしてみましたが、だめ。痛みは消えません。整形外科では、湿布薬と腰ベルトをくれるだけ。で、安静にしなさいと言われるけど、それは仕事柄無理。

でも、昨夜、つまり一年二ヶ月を過ぎた頃、寝返りをうつたび猛烈な痛み。夜中熟睡できないほどで、これはまずいと思い、本日鍼灸院に駆け込んでみました。

つまり鍼治療を受けたんです。坐骨神経痛という診断結果でしたが、今はだいぶ楽になりました。少なくとも、電気の走るようなぴりっとした痛みは今は収まっています。治療内容は、足首のつぼ、背骨に沿ったつぼ、腰のつぼ、くびのつぼに針をうち、腰のツボには電気治療(低周波治療?)も行なってもらいました。置鍼もし(針をつぼに埋め込んだまま帰宅)、明日また通院予定です。

鍼治療は痛みがないとのことですが、確かにいつさしたかわからないくらい、痛みがない箇所もありました。でも、膝の内側等は痛かったなぁ。あと、腰の悪い箇所はずーーーーんとした深い刺激が.....。私は痛みに弱いたちなので、余計かも。でも、効いてる感はすごくありました。腰の痛みがとれるなら、我慢できる!

鍼灸は通常保険適用外です。ですが、内科外科等で、必要があると認められれば、保険治療ができるとのこと。さっそく保険範囲内にできるよう、申請することにします。だって保険使えないと一回5000円かかるんですもの。5000円かかっても、痛みがとれるなら価値はありますけれども、通わないとまた痛くなるそうで...。

鍼灸院の先生に言われたのは、「かなり重いので長くかかると思う」との言葉。軽いうちに訪れれば、数回の治療で治ったかもしれません。治療費も安くすんだでしょう。

介護士は休みも不規則で夜勤もあるので、通院は大変ですけれど、やはり腰が命のお仕事。腰がやられては務められないし、利用者さんはもちろん、スタッフみんなに迷惑がかかります。違和感があったらすぐ、整形外科に行くべきだったし、自然治癒を待ってる場合じゃあありませんでした。反省。

私の場合は、勤務先が病院併設ということもあり、健康診断が年に二回。受けた結果他に異常もないので、積極的に早く治したいとの思いから、鍼灸院を選びました。これが正解かどうかは、院によると思いますが、第一回目の治療を受け、今のところ大満足です。

とりあえず、今夜はぐっすり寝られそうです......zzzz

介護職の皆さん、お互い腰はいたわっていきましょう。腰がだめな介護士ほど、惨めなものはないですから。仕事を続けるためにも、自分のメンテナンスは自分でしなくてはプロとはいえないですから。
posted by きょん at 21:26| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月23日

「このタイミングで?」

 施設ではよくあることだが、私はどうしても許せないことがある。
 それは「今、トイレに連れていけないからおむつにしてね」と言うこと。

 施設に勤務してすぐの頃、2人で6人の食事介助をしている時に、別の利用者さんからトイレに行きたいと言われたことがあった。私は当然、その方をトイレにお連れするのを優先すべきだと思い、席を立とうとしたら、先輩に注意された。「食事介助中に、目を離したらだめです。今、トイレにお連れするのは、待ってもらって」

 長く勤務されている方ほど、食事介助中の誤嚥事故を多く目にしているので、その怖さを知っている。今なら私でもわかる。命にかかわる事故が発生する可能性が高いのだ。

 それに比べれば、排泄の失敗は、命に関わる事故の可能性は少ない。だから、トイレ誘導より、食事介助業務を優先するのは当然。ということなのだ。

 でも、勤務して一年を過ぎ、新人ではなくなった今、私は可能な限り、トイレ誘導を優先する対応をしている。食事介助している職員が二人いれば、一人が全員の見守りをし、もう一人がトイレにお連れする。

 正直言えば、すぐトイレにお連れしなくても、おむつやパットを利用しているので、食後のトイレ誘導時間まで、待っていただけるなら待っていてもらうほうが、助かる。だけどこれは、利用者さんとの信頼関係を築く上での、大きな隔たりになると私は思う。

 一人でトイレに行ってはだめ。だけど、トイレに連れて行ってもらえない。パットの上とはいえ、失敗してしまうことのみじめさ。施設に来て間がないショートステイ利用者さんの中には、それで涙してしまう人もいるのだ。

 つまり、プライドを傷つけているということなのだ。職員として、命にかかわる事故の次に、防ぎたいことだと私は思う。

 長く介護職をしている人たちの中には、そのことを理解していても、優先順位的に下の方に持ってくる人がいる。先日も、そんなことがあったのだが、同僚に「えっ、このタイミングでトイレ誘導?」と少し非難気味に言われてしまった。

 上記のような理由を仲間に言っても「イイコちゃんぶって」と言われるのはわかってる。なので、「失禁して大惨事になる前に、お連れしたのよ〜。セーフでした〜」と言い返すことにしている。

 「食事介助中は目を離さない」は基本。でも「食事介助中はトイレ誘導しない」と要約するのは違うと思う。そこは、職員が複数人いるならば、職員の努力でなんとかなる場合もあるはず。「他の方の食事介助中だから待っててくださーい」と利用者さんに言うのもおかしい。

 食事介助中の事故が怖いのはよくわかった上で、それでも可能な限り、利用者さんの尊厳は優先していきたい。事情がわかった上で、可能なかぎりのイレギュラー対応ができるかどうかが、よい介護職員なのだと私は思う。相手は人間なんだから。

 .....介護職同士じゃないと、こんな話しても、意味がわからないだろうなー。
 トイレに行きたいといえば、すぐ連れていくのは当たり前だよね?普通の感覚ならば......。

 
posted by きょん at 10:23| 東京 🌁| Comment(2) | これってどうなの? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月26日

経管栄養

 私は経管栄養は、延命治療だと思っている。別に悪いことじゃないけど、個々が選択するべきもので、医者が押し付けるものではないと思う。経管栄養にすると、その後どういう経緯をたどるのか。職場で現実をみている私が、思ったことを書いてみます。

 ご飯を食べなくなってしまい、飲み物を飲まなくなってしまえば、人間は死んでしまう。
 でも、介護する側は、そのまま放置できない。食べなければ食べていただく努力をするし、お願いしてでも口を開けていただく。本人は、いらない、食べたくないと意思表示されても、食べなければ死んでしまうから。

 それでも召し上がらないケースもあるし、食べても嘔吐してしまうようになったら、点滴します。水分だけでも人間は、こんなに生きていられるんだと思うくらい、ずっと食べなくてもふくふくとしていらっしゃいます。

 その間に、お医者さんから家族や本人へ、経管栄養の打診があることが多いです。鼻腔からチューブを入れて、一日三回、水分と栄養を胃に流し込みます。こうすれば、お腹は空かないし、栄養は足りるし、食べなくても大丈夫になります。顔色もよく、元気になるので、会話ができるようになったり、熱が出なくなったりします。ごくまれに、元気になった勢いで、経口摂取できるようになることもありますが、本当にまれです。なぜか、食べないでいると、嚥下方法を忘れてしまうみたいです。ごっくんができない。でも、ぜんぜんできないわけじゃないです。唾液は出ますから。

 昨年の夏祭りの時、看護師さんの許可をもらって、経管栄養の方に、わたあめやアイスクリームをひとさじ舐めていただいたことがあるんですけど、すごく嫌な顔されることが多かったです。「なにこれ、気持ち悪い」という表情。こうなるともう、口からの摂取は絶望的。

 それでも経管栄養なら、食べなくても大丈夫だから、何年も過ごされます。施設ではできるだけ、食事なさらない方もフロアにお連れしたり、話しかけたりしますけれど、それでもお食事なさる方ほど関わる時間がなく、だんだんと刺激が少なくなって、反応が鈍くなっていきます。さらには、鼻腔に入ったチューブがうっとおしくて、自分で抜去してしまう方も多いです。無理ないことですが、看護師さんが毎回入れるわけにもいかないので、そういう場合は、家族の許可をもらって専用の手を保護するミトンをつけていただいたりします。拘束の一種です。手が蒸れて、これも辛そうです。それならと、胃ろうを形成する手術をする方もいます。胃に直接チューブを差し込むやり方です。自分で抜去したら痛いし出血するから、胃ろうにすれば一安心。ミトンも外せます(中にはそれでも抜去しようと引っ張って大出血する方もおりますけれど)。

 唾液が飲み込めなくて、唾液に溺れてがらがらうがいする方もいます。体位を変えたり、吸引したりして、唾液で窒息しないように常に巡回していきます。

 最後は、経管栄養でも、胃が受け付けなくなります。胃に栄養分や水分が入ると、反射的に吐いてしまわれるようになります。さらには、点滴しようにも、血管がもろくなって、血管に針を挿しても、その周囲の血管から漏れてしまって点滴液が入りにくくなってしまう。そして、血中酸素飽和度が下がっていく。

 血中酸素飽和度が下がれば、施設では酸素吸入をします。これがまたすごくて、酸素吸入すると元気復活します。苦しそうな肩呼吸がなくなれば、しめたもの。栄養や水分どころか、薬や点滴なしても、こんなに大丈夫なんだとびっくりするくらいです。

 それでも最後は亡くなります。下顎呼吸されるようになると、最後が近いです。看取り契約を施設としていない場合は、その前に入院しますけれど、看取り契約している利用者さんは、そのまま酸素吸入し(これも延命処置にすぎないですけれど)、身辺を清潔に整え、できるだけ声かけをして、最後を見送ります。

 どちらにしても、人間はいつか、死ぬのです。経管栄養や点滴、酸素吸入は、時間稼ぎにしかなりません。
 もちろん、若い人ならば、必要なことです。若い人なら回復すれば先があります。それに、とにかく長く生きていて欲しいと本人と家族が願うなら、有効な処置ではあります。でも、自分だったらここまでされたいかな.....。食べられないということは、生きる楽しみの一つを失うことでもあるから。それ以外の楽しみをたくさん持っているなら別だけど。

 先日、私の母に聞いてみました。もし、年を取って食べられなくなったら、経管栄養にして欲しい?って。
 「いやだよー」という答えを期待して。そうしたら、、、、

「あなたの好きにしたらいいよ。私が意志の疎通ができなくなっていたら、あなたに任せる」

 長く祖母の介護をしていた母の、深く重い言葉でした。
 たとえ母がいやだよと言ってくれたとしても、私はその時がきたら悩むことでしょう。
 でも、母は私に任せると言ってくれた。
 その時、責任を持って決めようと思う。自分の母に生きていて欲しいと願う気持ちと、母の辛さを秤にかけるのは、その時がきたらでいいだろう。
posted by きょん at 10:10| 東京 ☀| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

プラマイゼロ

 介護職は究極のサービス業だという人がいた。
 いや、サービス業はすべて、お客様のために心を尽くすものでしょうけど。

 でも、介護というのは、本来は自分ですることができなくなってしまった方のために、他人が代わって手を貸す仕事なので、普通のサービス業とは違います。プラスアルファのサービスではなく、サービスしてプラマイゼロ。そういう仕事です。

 サービスを受けるのは普通ならばうれしいことだけど、介護のサービスを受けるのは、嬉しくはないでしょう。できれば自分でやりたいでしょう。好きな時好きな量だけ食べたり、好きなときにトイレに行き、好きな時寝たい。私達が当たり前のように自分でやっていること。自分でできるなら絶対、人には手を借りたくないこと。プライベートなこと。それが、私達の仕事なんです。

 そして、それプラス、混乱している人・困惑している人・悲しんでいる人を、説得したり・なだめたり・落ち着いていただけるよう環境を整えたり、そういうことも仕事です。その難しさは子育ての比ではありません。

 私のいるフロアは、徘徊できるほどADLの高い人はいないんだけど、短期入所の人が一人入ってきて、その人は大腿部骨折しているのにやたらと元気。身体は元気だけど、困惑してるし、不安なので、常にこのままここにいたくないという気持ちが優先します。

 だから、夜になると這いまわる。歩けないから、這うんです。二人部屋を一人で使っていただき、転倒防止に畳に布団の対応にしているんですが、あっという間に隣の部屋に行ってしまったりするため、赤外線センサーをつけて、ブザーが鳴ったらダッシュ。不穏がちな夜は、それが10分毎に鳴ります。二日に一晩しか眠らず、しかも寝る日も一時間に一度は起きてトイレに向かいます。這って.......。

 一時間に一度トイレに行くというと、すごく頻回に行くような気がしますけど、80歳の方としてはごく普通なんです。本当に毎回排泄があるんです。他の方にもそういう人がいますし、それだと寝られないからと、本人の希望で夜だけおむつ対応にする場合もあるくらいです。

 そういえば、私も明け方に起きてトイレに行きたくなる年になってしまった。
 そういえば、実家に行くと、私の父も、母も、夜何度もトイレに行っていたなぁ。

 それが進めば、当然、一時間に一度トイレに行きたくなるようになってしまう。
 年をとる自然の摂理。人生はなんと残酷で過酷。
 プラマイゼロのお手伝いだけど、利用者さんも申し訳なさそうだし、私達夜勤者もきつい。

 理想を持ってこの世界に入ったわけじゃないけど、現実はこれかぁと思う。
 「いいんですよ、気にしないで。これが私の仕事なんですから」と言いながら介助しても
 心の中では「朝まであと何回行くんだろう。記録が終わらない〜」と思ってしまう。

 「あー、面倒くさい」
 「私だって人間だもの」

 そう思ってはいけない、そういう言い訳はだめとわかっていても、天使と悪魔のせめぎあいに、悪魔の大声が勝つこともあるのが現実。

 まだ、私たちは仕事として介助してて、時間がくれば同僚にバトンタッチできるから、まぁいい。
 家族で介助している人たちの、いかに大変なことか。しかも、やってあたりまえのプラマイゼロの介助なのだ。それが延々と続くのだ。

 理想を掲げ、福祉の仕事に熱い思いを持ち、安い賃金でもやりがいをみつけてこの世界に何年もいる先輩たちも、どんどん辞めていく。それはたぶん、プラスアルファーのサービス業とは違う、プラマイゼロのサービスの中で、自分の仕事の価値を見失ってしまうからじゃないだろうか。

 いや、価値はあるはずなんだけど。なくてはならない、必要なサービスではあるんだけど。

 
posted by きょん at 09:15| 東京 ☀| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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